道場スピリット マネージャー・北原希代子 作
#36エピローグ

一九九六年年五月、私は、パートの経理係りとして道場六三郎事務所に入社しました。
住み慣れた北区の団地から埼玉県戸田市に転居したのを機会に、私に取っては初めての他所での仕事です。
私が入社したときには既に、道場は「料理の鉄人」を引退していましたが、番組の人気はピークで、前年の一九九五年には、自らプロデュースした店「ブラッセリ―六三郎」が、赤坂で大変な賑わいを見せていました。コマ―シャルも含め、度々テレビでも声が掛るようになって、自社事務所の設立に至ったようです。
当時は長女が代表取締役を務め、板前をしていた下原一晃さんが道場の付き人としてマネージャーを兼務していました。
入社して一年近く経った頃でしょうか、下原さんが郷里の広島に帰ることに成り、電話の取次ぎや補助をしていた私に、なぜか、マネージャーの仕事が回って来ました。
怖いもの知らずの私は、その仕事を気軽に引き受けましたが、まさに、いま思えば運命の瞬間です。以来二十年、いまでは天職と思えるほど楽しい仕事に巡り合えたと思っています。
何よりも、人間的魅力に満ちた道場六三郎氏のもとで働ける幸運は、かけがえのないものです。そして、沢山の道場の弟子達との交流、次々と巣立っていく弟子たちの成長を母のような思いで見守り、ひとり一人の幸せを祈る。
そして、仕事を通じて広がる新しい人間関係は、何にも代えがたく刺激的です。お得意様との付き合いも、元来、人好きの私にはビジネスライクとは行かず、何時しか旧知の仲になってしまう。これは、私の悪い癖なのかも知れませんが、これが私流なのだと、いまは開き直っています。そして、食べることの好きな私に取って、道場六三郎事務所は最高の職場です。
二〇一二年一月から、北國新聞で「ろくさんの道場旬皿」と言う掲載が始まり、週一のペースで一年間掲載されることになりました。私もマネージャーとして文章の添削など手伝う中、改めて道場について書いてみたいと思うようになりました。
この二十年間、私が近くで見聞きし、何百回となく受けたインタビューの中、驚かされたり感心したりした珠玉の話を、やはり文章にするべきではないかと思ったのです。
道場は「料理は一代」とよく言いますが、道場の代表的な料理もレシピも道場だけのものだと思います。同じ食材、同じレシピで作っても、道場六三郎の料理には成りえない。残せるとすれば、それは「道場の思い」だと思います。
道場の「スピリット」魂のような思いが、多くの弟子たちに受け継がれれば、永遠に道場は弟子たちの中で生き続けます。その思いを受け継いだ弟子たちが、道場がそうして来たように、道場の料理を、また新しいものへと昇華してくれる。
そんな願いを込めて、この本を書きました。
何も分からない私を、今日まで見守ってくれた道場六三郎氏に、心から感謝を込めて。

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