道場スピリット マネージャー・北原希代子 作
#33女と別れようと思ったら、カッコよく別れようと思っちゃいけない

道場の初恋は十七歳のとき、魚を配達に行った病院の看護婦さんに一方的に思いを寄せた一目惚れから始まった。七十年も前、三百五十円もするコンパクトをプレゼントしたのに告白すらできないような一方的に思うだけの恋だった。淡い恋を重ねても、一向に恋愛上手にならず、いつも一途にのめり込んでしまう。
神戸観光ホテルで働くようになった二十二~三歳の頃、道場は決定的な失恋をした。相手は仲居の見習いだったが、浮気な性分だったようで、色々な噂が聞こえて来る度に心は乱れ、やがて仕事に集中出来ないようになってしまったと言う。失敗を繰り返すようになり、思いを断ち切るには場所を移すしかないと、系列の六甲花壇へと移った。暫くは、恋は修業の邪魔だと「二度と恋はすまじ」とノートに書いて守って来た。あれから心を取られるような恋愛はしていないと言っているが、ろくさん亭も軌道に乗って道場の評判も上った頃、かなり遊びのほうも盛んだったと聞いている。
十六年ほど前にテレビ朝日の「裸の少年」と言う番組があり、水戸黄門よろしくジャニーズジュニアの少年たちを引き連れて、美味しいお店を回って歩くと言う番組があった。一日のロケで三~四件回るロケ車の中、大きな交差点に車が停まると「ここの裏に僕の彼女が住んでいて、よく通ったなぁー」と少年たちに話しかける「え、この間の人とは違うんですか」と少年たちに聞かれると「あれは、別の彼女」と嬉しそうに答えていた。
私が道場について五年程経った頃だろうか、北海道から若い娘の声で電話が繋ってきた。「あのー、すいません道場さん居ますか」
「こちらには居りませんが、何か御用でしょうか」と自己紹介をして尋ねると
「実は、先日道場さんが北海道に来られたときに結婚の約束をしたんです。あれから連絡がないので」と言う怖い話。
「そうでしたか、お名前と連絡先を聞かせて頂いていいですか。道場に確認してこちらから連絡させて頂きます。ところで、道場には奥様が居らっしゃるのはご存知ですか」
「いえ、でも結婚しよう。と言われましたので」
と言って、連絡先と名前を告げ電話は切れた。
明くる日、道場に彼女の名前を告げた上で、こうした電話があったと話をすると、少しも覚えていないらしく、「へえー、結婚の約束!」と言う答えだった。
「ごめんなさいね。道場に聞いて見たんですけど、あなたの名前も覚えていなくて、結婚は無理のようですよ」と努めて優しい口調でお詫びをした。
一途にのめり込んでいた若い恋愛から、遊びを覚え、人生を楽しむ為や、時には仕事の糧に成るような恋愛もした。
一生の伴侶は女将さん一人と決め、多くの恋愛の中から、女の賢さ、女の愚かさ、女の狡さ可愛さなど、女の、何たるかをよく理解していたように思う。
そんな道場に、日本料理研究会の料理講習の後、あるシェフから「女と別れるときは、どうやって別れるのがいいですか」と言う質問が飛んだ。
「女と別れるときは、カッコよく別れようと思っちゃだめだ。」そんなときは、女に
「金を貸してくれ!」と言うのが一番。
たいていの女は、自分から離れて行く。と明快な一言。

 

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