道場スピリット マネージャー・北原希代子 作
#30愛妻家

平成二十年を迎えた頃から、女将さんは体調を崩すようになり、少しずつ認知症の症状が現れるようになった。もともと内向的なところがあり、家族以外と食事をしたりするのも苦手な方だったので、気軽に介護の人を頼むこともできずに居たようだ。道場と居る時が一番落ち着いて、嬉しかったのだと思うが、道場も娘たちも仕事があり、いつも傍にいてやることはできない。やがて食もあまり進まなくなり、痩せていく女将さんを見て、道場も本当に心を痛めていた。そんな時、ろくさん亭のチーママだった和子さんが手伝いを買って出てくれた。女将さんと和子さんとは、ろくさん亭の黄金時代を支えた最強コンビ、何十年も仲よく付き合った腹心の友である。やがて懐かしい店の常連さんの話や、昔の出来事など、楽しい会話とともに食事も進むように成り、何年かそうした穏やかな日が続いたが、平成二十七年一月に、女将さんはとうとう帰らぬ人となってしまった。
最後まで病院に入院させることなく自宅で看取った約三年間、道場は本当に献身的だった。朝食の用意をして一緒に食べることが日課に成り、昨日は、よく食べてくれたのに、今日は食べてくれない。と、一喜一憂しながら、献立にも気を配り、今日は、小さな小さな豆握りを作ってみたんだ。口に入れてやったらよく食べてくれた、と嬉しそう。店に来ても女将さんの話ばかりだ。「俺は、つくづく料理人で好かったと思っているんだ」と、真顔で話し、時には「随分と哀しい思いもさせたからなぁー」と、反省の弁。
でもね、最近僕が帰るとこうして両手を前に出して、嬉しそうに迎てくれるんだよ。そして、「倖せ、幸せ」って 僕の手を掴んで喜んでくれる。
本当に「愛おしいなぁー」、「好い夫婦になったなぁー」って、嬉しくなるんだよ。

 

これまでの記事
↑トップへ戻る