道場スピリット マネージャー・北原希代子 作
#17弟子泣かせ

三十年ばかり前の話に成るが、道場は近隣の料理学校から講習会を頼まれ、弟子を何人か連れて車に乗り込んだ。「親父さん、向うへ行ったら出汁は引いておいた方がいいですか?他に、何かやっておくことは無いですか?」弟子の一人が尋ねると「何もしなくていいよ!その場でやって見せないと、講習にならないだろう」と道場。
いよいよ講習会が始まった。ちょっとしたご挨拶のあと、道場が弟子たちにかけた第一声は、「おい、そば出汁持ってこい」と言うもの。そば出汁とは、昆布と鰹節でとった出汁に(出汁5・醤油1・味醂1)醤油と味醂を加えたもの。一般的な出汁のその上のものだ。
弟子達の呆気にとられたような顔を見て、「なんだ、そば出汁も用意していないのか」と一言。女学生達がドっと笑い声を立てると、「お前達、何しに付いて来たんだ」と弟子たちを叱りつけながら、今ふうに言えば「つかみはオーケー」とニッコリなのだ。
こうしたことは今でもよく有ることだが、道場がどこまで意識してやっているのか、弟子たちが困った顔をするのを、まるで楽しんでいるようにも見える。
またある時は、頂き物の豆腐ようを「冷蔵庫に入れておけ」と指示があったきり一か月以上経ってしまった。沖縄の豆腐ようも、まだあまり一般的でなかった頃のこと、冷蔵庫で異臭を放つこの頂き物をどうしたものかと弟子たちは考えあぐねていた。「冷蔵庫の豆腐よう、忘れていませんか」と、ダメ押しすると叱られるので、相談の結果捨てることに。皆が捨てたことも忘れた頃になって、「ああ、この間の豆腐よう出してくれ」と道場が一言、調理場中が凍り付いた。
 「料理の鉄人」の頃もそうだったようだが、道場は献立を考えるとき、ある程度の形は決めるものの、新しいアイデアが浮かぶと、料理をどんどん変えて行く。一度営業に載った料理でも、問題点があれば容赦しない。最も良いものを求めて、食材も調理法も手間を惜しまないからだ。毎月の献立の試作のときも「あれ買ってこい、これ買ってこい」と弟子たちをよく走らせる。弟子たちも次々と飛ぶ買い物に携帯電話は手離せない。ところが、やっと探して買って来たら、気が変わって「もう、要らない」と言うことも好くあることなのだ。
 一見、気ままのように見えるこんな出来事も、大きな気づきが沢山隠れている。
 道場六三郎、恐るべし!

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