道場スピリット マネージャー・北原希代子 作
20年余りマネージャーを務めてきた北原さんが、
親父さんの傍で見聞き、体験した珠玉のお話をまとめた
「道場流が溢れる」貴重なエッセイです。
道場は「料理一代」とよく言いますが、道場の代表的な料理もレシピも道場だけのものだと思います。同じ食材、同じレシピで作っても、道場六三郎の料理には成りえない。弟子たちに残せるとすれば、それは道場の「スピリット」魂のような思いではないでしょうか。
北原希代子
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#3味を体現するイマジネーション

料理人というものは自分自身がいいものを食べていないと駄目!だから何時でもいい境遇のもとにいないと、いいものは生まれてこないと道場は常々言っている。味にしても本当に美味しい味というものは舌で覚えるしかないのだと。だから一度も食べたことのない味を出そうと思ってもそれは難しい。
何度も何度も、同じ手順で作った料理は、手が味を覚えると言うか体が自然に味を覚えてしまうが、新しいものを作ろうとしたとき、やはり基本は舌がどれだけ美味しいものを知っているかだろう、と。
「料理の鉄人」のときもそうだが、主になる食材を生かすのに、組み合わせる食材も調味料も、その料理の手口も、数えきれないほどたくさんある。頭の中で思い切りイマジネーションを膨らませ、全体のバランスも考えた献立を書き上げると、あとは体が自然に動き出すらしい。そうした味の感覚は、言葉では説明できないものだが、道場にとってそれが初めての料理であっても、献立を書き上げた時点で明確な味のイメージは出来ているのだと思う。
昨年だったか、懐食みちば立ち上げの頃の調理場のメンバーが、道場のそんな超人ぶりで大いに盛り上がっていた。「親父さんは、怖いよな!」新しい献立を考えて弟子たちに試作させるんだけど、こうしてこうしてオーブンに何分、そう言いながら自分のイメージしたものを見事に完成させてしまう。ところが、いざ、それが献立になって弟子たちで試作すると何度やっても、親父さんが作ったように出来ないのだそうだ。例えば、「バナナの黒船焼」バナナを使ったグラタンの地に海老や帆立など入れ、バナナの皮に戻してオーブンで焼いたものだが、道場が試作させた時には丁度いい焼き色で、中みの暖かさも程よく美味しくできたのに、弟子たちが何度試しても皮が焦げてしまったり、中みが冷たかったりと上手く行かない。
この献立はめずらしさもあってお客様にも喜ばれ、かなり長く続いたが、その間の調理場はいつでも張り詰めた空気だったと、弟子たちは懐かしそうに話していた。

 

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